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【特別寄稿】テキスタイルの歴史 〜温故知新〜(最終回)

テキスタイルの流行の変遷を辿ってきた「テキスタイルの歴史 ~温故知新~」も、いよいよ最終回。今回は1980年代後半から1990年代前半までのテキスタイルを紹介したい。

1970年代の後半以降、ファッションの潮流を変えたのは、自由を重んじるアメリカ人の気質だった。

ヨーロッパのトップブランドもまた、ヒッピー調やボヘミアンのような個性的なデザインを採用するようになったことは、前回の取材「テキスタイルの歴史 ~温故知新~(第2回)」で紹介した通りである。

その後の10年において、テキスタイルはどのように進化を遂げたのか。そして、製造技術は年々成長を遂げているにも関わらず、なぜ「アパレル冬の時代」を迎えてしまったのか。

その答えは、1980年代後半からの10年間に隠されているはずだ。そう思いながら、私たちは再び大恒株式会社を訪れた。

更なる進化を続けるテキスタイル。

1980年代の資料をめくり最初に目に飛び込んできたのは、まるでボヘミアンとサイケデリックが融合したような個性的なデザインの生地。

1970年代のサイケ柄と比べ、やや色鮮やかに見える。それは見本帳の中身が色褪せたからではないだろう。ヒッピー文化をベースにさらに解釈を広げながら、テキスタイルは絶えず進化していたのだ。

その一方で、フレンチカジュアルの流れを受けた「シンプルなデザイン」が空前のブームを起こす。モノトーン、オフホワイト、生成りのようなシンプルな色合いも、時代から受け入れられた。

フレンチカジュアルの代名詞といっても過言ではないのが「マリンルック」。1985年以降、世界的にムーブメントを起こしたマリンルックだが、日本で爆発的にヒットした背景には日本国内の経済情勢も影響があったという。

バブル真っ只中の日本において「マリン」は富の象徴だった。その理由は明確だ。海辺の景色は、別荘やクルージングといったラグジュアリーなライフスタイルとの連想結合力が強い。それゆえに当時の若者たちはマリンルックに熱狂したのだ。

デザイナーズブランドの隆盛もまた、当時のシンプル志向に拍車をかけた。コム・デ・ギャルソン、ヨウジヤマモトといった人気ブランドが、グレンチェックやピンヘッドのようなシンプルな図柄を好んで使用していたことが大きな要因だ。

流行したのはモノトーンばかりではない。当時の見本帖を見ると、渋めのカラーも注目を集めていたことがわかる。大村代表は「現在でも十分に通用する色味でしょう」。と語ってくれたが、まさにその通り、近年のトレンドといっても違和感のない自然な色味には、大変驚かされた。

デザイン表現のピークと、バブル崩壊。

1980年代の後半は、レーヨンなどの化学合成繊維を用いた生地も増えている。

レーヨンのツルッとした雰囲気に、ウールのフワッとした温かみを掛け合わせた「レーヨンウール」が流行したのもこの時代の出来事だ。(しかし、その流行は長く続かなかったという)

1990年代に入ると、テキスタイルのデザイン表現はピークに達する。ピークとはつまり「遊び尽くされた」という言葉に置き換えることができるだろう。

1970年代以前が「織り」で主張する時代だったとすれば、1980年代は「織りと柄」で主張する時代。そして1990年代になると、デザイナーたちは織と柄に加えて「糸」にも遊びを求めはじめた。ネップ糸、カラーネップ、ラメ入りなどの糸を使い、糸自体に主張させることで強烈なインパクトをもった生地を生み出したのだ。

人間という生き物は欲深い。表現の停滞を恐れたデザイナーは、矢継ぎ早に「遊び心」を生地に写す。織柄の上にプリントを重ねる。意図的にハレーションを起こす。こういった手法も市民権を得ることになった。

しかし、遊びの強い生地の生産にはコストがかかるのもまた事実。いよいよ最終的な製品(洋服)になった時には、いまの私たちの金銭感覚では到底手が出ない価格になってしまう。

それでもバブルに沸いていた1990年初頭までは、飛ぶように売れていた。しかし1992年頃を境に、景気は急速に悪化する。世に言う「バブル崩壊」だ。急速な景気悪化は、デザイナーと消費者の距離を力ずくに引き離した。

日本そして世界のアパレルの成長は、ここで第一幕を閉じたといっても過言ではない。

つぎの時代へ。

アパレルは冬の時代と呼ばれて久しい。

しかし巷で言われるように、これからの時代が『個の時代』になるのであれば、私たちはあらためて『個の価値観』と向き合う必要がある。

やがて個人のなかに芽生えるだろう「他人に合わせている自分から脱却し、自分らしく生きたい」という願望は、衣食住の「衣」でも満たすことができるはずだ。

アパレルの成長の第二幕の幕開けは、すぐそこまで迫っている。

2019.05.22